自分の住む町の水道管の更新は、今のペースで老朽化に追いついているのだろうか。そんなことを考えたことはあるでしょうか。
それでも先日、人口減少が進む地方の2つの自治体(ここではA市・B市とします)が公開している水道事業の決算データを、自分なりの方法で集計してみたら、思った以上に具体的な数字が出てきました。この2市を選んだのは、決算データが2015年度から2024年度までほぼそろって公開されていたからです。
- A市では、直近の経年化ペースを相殺するには、更新工事のペースが少なくとも1.6〜2.5倍は必要でした(回顧的な下限値です)。
- B市は、単一の倍率では語れません。年によって、更新した分の計上がその年に反映されない「停滞」の年(k=1倍程度)と、その反動で翌年にまとめて計上される「追いつき」の年(k=80倍超)が混在しているためです。少なくとも、現状の更新ペースの延長線上では追いつけない可能性が高いとしか言えなさそうです。
この記事では、その計算の手順をそのまま公開します。使ったのは特別な道具ではありません。学生時代に学んだ制御理論の発想と、Python、そして国が公開しているオープンデータだけです。専門家ではなくても、自分の住む自治体の数字をこの方法で確かめられます。方法は本文の最後にすべて書いておきます。
老朽化を「浴槽の水位」として考える
自治体の決算データを見ていて、気づいたことがあります。「経年化率」も「更新率」も、どちらも単なる単年度の実績値としてバラバラに公表されています。ですが、この2つは本来、独立した指標ではなく、時間とともに互いに影響し合う一つの仕組みの両面のようです。学生時代に学んだ制御理論(フィードバック制御や状態方程式を扱う分野)の発想を当てはめると、ばらばらに見えていた2つの数字のつながりが、驚くほどはっきり見えてきます。難しい数学は使いません。基本的な足し引き算と比の考え方で追える部分がほとんどなので、しばらく付き合ってもらえたらと思います。
水道管には「法定耐用年数」という基準があります。40年を超えた管の割合を「管路経年化率」と呼びます。この数字は、自然に下がることはありません。下げるには、古い管を新しい管に取り替えるしかないのです。
この仕組みは、浴槽に置き換えて考えるとわかりやすいかもしれません。
- 水位 a(t):その年度の経年化率
- 蛇口(注ぐ水) d(t):新たに40年を超えて「老朽管」入りする管の量。高度経済成長期に一気に敷設された管が、一気に「経年管」の基準年数(40年)を超えます。自治体の意思では止められない、外部からの外乱(外部入力)
- 排水バルブ u(t):その年度に実際に更新した管の量。自治体が予算で動かせる、唯一の「ハンドル」(制御理論の言葉で言う「制御入力」)
これを状態方程式にすると、たったこれだけになります。
a(t+1) = a(t) + d(t) - u(t)

こうして図にすると、蛇口(d)と排水バルブ(u)の差だけが水位を動かしているとわかります。
蛇口(d)より排水バルブ(u)が細ければ、水位は上がり続けます。放っておいても、自然には下がりません。制御理論では、これを「フィードバックのない開ループ系」と呼びます(室温を見ずに一定の風を送り続ける、温度調節のない扇風機のようなものです)。本来なら、水位(経年化率)を見てバルブ(更新率)を開け閉めするフィードバック制御があれば理想的なのですが、現実の更新投資は単年度予算で決まり、前年の経年化率を見て自動的に決まる仕組みにはなっていません。つまり、この仕組みは今のところ、フィードバックの働きにくいまま動いているようです。
この見方さえ受け入れてしまえば、あとは先の式に数字を入れるだけです。
実データで確かめる:A市・B市の蛇口とバルブ
デジタル庁が公開している「水道事業等の経営状況に関するダッシュボード」には、2015〜2024年度の総務省・地方公営企業決算状況調査の生データが、そのまま置かれています。導水管・送水管・配水管の「延長」「法定耐用年数を経過した延長」「当該年度に更新した延長」を自治体ごとに合算すれば、前節の d(t) と u(t) を逆算できます。
先の2自治体で実際に計算してみた値が、こちらです。
| 年度 | A市 経年化率 | A市 更新率 | B市 経年化率 | B市 更新率 | 全国平均 経年化率 | 全国平均 更新率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2015 | 欠測※ | 0.000% | 11.65% | 0.084% | 13.19% | 0.852% |
| 2018 | 欠測※ | 0.198% | 1.02% | 0.056% | 17.76% | 0.699% |
| 2020 | 8.09% | 0.075% | 5.23% | 0.390% | 20.58% | 0.689% |
| 2022 | 8.22% | 0.920% | 17.83% | 0.147% | 23.66% | 0.666% |
| 2024 | 14.01% | 1.206% | 27.01% | 0.073% | 26.05% | 0.573% |
※A市の2015・2018年度の経年化率は欠測です。0%(経年化なし)を意味するものではありません。
2023年度の自集計値(経年化率25.21%、更新率0.613%)は、総務省が公表している全国値(25.4%、0.61%)とほぼ一致しました。集計のロジックは、信頼できると考えてよさそうです。
この表から見えてくるのは、「全国平均はなだらかに直線的に悪化する一方で、個別の自治体はある日急に加速する」という構造です。特にB市は、2019年度の1.52%から2024年度の27.01%へ、わずか5年で上昇しています。全国平均のカーブだけを見ていると、こうした個別の崩れ方は見えてきません。
(※A市は2018年度に簡易水道事業を統合した影響で給水人口が急増しており、2015〜2019年度は集計範囲の変化を含む参考値です。B市も2017年3月に簡易水道5事業を譲受しており、2016→2017年度に経年管延長が18.75kmから2.72kmへ急減しています(同年度の更新はわずか0.05km)。この急減は実際の老朽化が改善したのではなく、譲受に伴う集計基準の変更によるものとみられます。つまり両市とも、給水区域の拡大や事業統合という同種の出来事の影響を受けており、2019年度以降の急上昇をそのまま実際の老朽化の進行度として読むのは慎重であるべきです。)
なお、B市のような小規模自治体を全国集計値とそのまま比べるのは、母数の異なる集団を比べていることになります。本来は総務省の経営比較分析表にある類似団体(給水人口規模が近い自治体群)の平均と比べるべきですが、今回はそのデータを参照していないため、この記事の数字はあくまで参考値として読んでください。
全国で見ても、蛇口(d)は排水バルブ(u)より、1年を通じてずっと大きいままです。このギャップを埋めるには、更新率を何倍にすればよいのでしょうか。
均衡に必要な更新倍率
状態方程式 a(t+1) = a(t) + d(t) – u(t) に、実績の平均値を代入してみると、悪化を止める(純増をゼロにする)には u = d にするしかないとわかります。現在の更新率から何倍にすればそこに届くかを計算すると、次のようになりました。
| 自治体 | 直近の経年化ペースを相殺する更新倍率(回顧的下限) | 今のペースで全管路を一巡更新するのにかかる年数 |
|---|---|---|
| A市 | 1.6〜2.5倍 | 約100〜110年 |
| B市 | 算出せず(理由は次の段落で説明) | 約380〜540年(年によって大きく振れる) |
| 全国平均 | 約3.6倍 | 約150〜160年 |
B市の倍率は、この表からあえて外しました。年ごとの値を見るだけでも、1倍強の年と80倍超の年が混在していて、平均を取っても下の注記の通り安定しません。一つの倍率として公表するのは、誤解を招くと判断しました。
B市の倍率は、この記事では数字としては公表しません。理由は直前で述べた通りで、年ごとの値の振れ幅が大きすぎて、どの年を基準にするかで結論が変わってしまうからです。ただし、どの年を使っても、現状の更新ペースを少し増やした程度では追いつけなさそうだ、という方向性だけは共通しています。

ここから先は、あえて将来予測をしません。蛇口(d)の推定値は年度によって数倍振れますし、布設年代別のデータがない以上、何年に50%に達するかといった前進計算は、どのモデルを使っても識別できません(先ほど触れた台帳整備の一括計上も、布設年代の山も、どちらも区別できないのです)。代わりに、過去のペースを相殺するのに何倍の更新が必要だったかを、回顧的な下限値として示すことにします。
A市と全国平均については、更新率を上げることに回顧的には意味がありました。過去の経年化ペースを相殺するには、実際の更新ペースがその下限値を上回っている必要があった、ということです。
ただ、B市だけは事情が違うようです。2016年度に集計基準が大きく変わった痕跡が、ダッシュボードの数値に残っており、その後の数年間はその訂正からの回復を引きずっている可能性が高いのです。つまり、「更新率を何倍にすればいいか」という問いに、このデータだけでは数字で答えられません。確実に言えそうなのは、今のペースでは全管路を一巡更新するのに380年以上かかる、ということだけです。
この数字は、誰に何を意味するか
自治体で予算を扱う立場の人にとっては — 「DXにどう対応するか」という漠然とした問いよりも、「来年度の予算にどれだけ上乗せする必要があるか」の方が、選択肢として手に取りやすいのではないでしょうか。本文の方法は、自治体の水道統計の数値をExcelに入れるだけで再現できます。ただし、自治体によって必要な倍率はまったく違います。A市のように「1.6〜2.5倍」で足りる自治体もあれば、B市のように「少なくとも2倍では足りない可能性が高いが、正確な倍率は言えない」自治体もあります。どちらなのかを知らずに予算要求するのと、知ったうえで予算要求するのとでは、説得力がまったく違ってくるはずです。
水を大量に使う事業を営む人にとっては — 水産加工や食品加工のように水道水を大量に使う事業では、断水・減圧は直接操業に影響するリスクです。事業承継を考えるとき、引き継ぐのは設備や取引先だけではありません。工場が立地する地域の水道事業の経年化率と更新率は、本文の方法でおおまかな水準がつかめます。ただし、台帳整備のタイミングで数値が段差的に変わる年度もあり、その年の値だけを用いて断定するのは危ういようです。自治体の水道担当部署に問い合わせる際の、一文にもなるかもしれません。
この土地で暮らし続ける人にとっては — 更新投資を増やす分の負担は、最終的には水道料金という形で住民に回ってきます。ということは、老朽化を放置しても、しっかり更新しても、どちらにしても家計には影響が及ぶ、ということです。違うのは「いつ」と「どちらが先に見えてくる形で回ってくるか」だけかもしれません。自分の住む自治体が今どの位置にいるかは、自治体の水道事業会計決算の公表ページで確かめられます。
まとめ
水道管の老朽化は、本来ならフィードバックで制御できるはずの問題です。でも現実の更新投資は単年度予算で決まり、状態(経年化率)を見て自動的に調整される仕組みにはなっていません。その結果、蛇口とバルブの差が閉じないまま数十年間放置され、気づいた時には更新に大きな予算が必要になっている、ということが起きているようです。
A市とB市は、あくまで一例です。同じ方法で、自分の住む自治体の数字も確かめられます。次回は、この集計をTableauで、誰でも自分の自治体名を入れて確かめられるダッシュボードにしてみようと思っています。
出典
- デジタル庁「水道事業等の経営状況に関するダッシュボード」 https://www.digital.go.jp/en/resources/govdashboard/watersupply (A市・B市・全国平均の経年化率・更新率の時系列データの主な出典)
- 総務省「令和7年版 地方財政白書 第1部 7 公営企業等の状況」 https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/hakusyo/chihou/r07data/2025data/r07czb01-07.html (2023年度の自集計値と全国公表値との照合に使用)
- B市:水道事業経営戦略(自治体公式サイトで公開。平成29(2017)年3月31日の簡易水道5事業統合の記述を含む。匿名化のため個別URLは本記事では省略)
- A市:水道事業ビジョン(令和2年3月策定。自治体公式サイトで公開。匿名化のため個別URLは本記事では省略)
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